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Ⅰ バルコル |
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大昭寺の目の前に栄えるバルコルは、巡礼路として、また人々の生活を支えるマーケットとしてなくてはならない存在である。
寺にお参りに来る人のためにはお線香やヤクバターなどの巡礼グッズ屋さんが、観光客向けにはチベット的な
刺繍の施されたバッグやアクセサリーなどのおみやげ物屋が、地元の人たちのためにはセーターなどの日用品から
食べ物屋が店を開く。
左上は巡礼グッズ屋さん、左下の写真はナッツ屋さん。
このナッツ屋だけは、鼻が高くて色白の売り子さんでどう見てもチベット人ではない。
遙かシルクロードから商売にやってきた西アジア系の人々であった。
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さてさて、バルコルは別に食べ物だけではなくて、こういう青空仕立屋さんまであるところが驚き(写真右)。
この店の向かいでは靴修理屋さんがトンテンカンと靴をたたく。
そして、その隣では地面に座り込んで自転車のパンク修理をしているおじさんがいるのであった。 |
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| Ⅱ おおまみべいめほー |
オーマミベイメホーは
南無阿弥陀仏の様なもの。
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巡礼にやってくる人々は五体投地という方法でお参りをする。五体投地は、頭の上で両手の平をあわせ、それをそのまま胸の前に持ってきて、その後両手を地面につき土下座の体制で深々と頭を地面につけるという三段階で成り立つ。
頭を地面につけるだけではなく、そのまま野球のヘッドスライディングのごとく地面を滑り、うつぶせの形までやる人もいる。たぶん、こちらが本式なのであろう。五体を投げ出すというネーミングにも当てはまる。
が、それを行っていると当然ながら手のひらの皮なんてズル剥けだ。
だから、手のひらが乗るくらいの大きさに折り畳んだ段ボールを床においておき、
段ボールごと手のひらを地面に滑らせるやり方で五体投地をしていたのは、
デプン寺の鼻の下のばしまくり坊主である。
しかも、ちゃっかり自分の横にお布施用の籠を置くことも忘れていなかった。
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| Ⅲ チベットにはなくてはならないヤク |
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チベットでヤクはなくてはならない存在。
乳はバターやチーズに、肉はトゥクパの具に、皮や毛は防寒具になる。
そしてヤクのバターは料理やバター茶に使われるほかにこういう使われ方もする。
銅製の器にヤクバターを入れ、芯をさして灯をともす。
大きな仏像の前には大きな銅の器が備えられ、人々は自分の家から持ち寄ったり、お寺の外のお店で購入した
ヤクバターを匙ですくって器に入れ手を合わせる。
ちょうど、お賽銭を入れるような感じである。
ポタラ宮も、大昭寺も、内部の明かりはすべてこのヤクバターによるランプに頼っており、
薄暗くも神秘的な雰囲気を醸し出す。
・・・ただし、観光客が少なければね。本当の意味で巡礼に来ている人々にとって、我々は単にじゃまなだけだったであろう。
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| Ⅳ 坊主もいろいろ |
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入ってすぐの中庭で読経中のお坊さんたち。
真ん中の一番奥にいる偉いお坊さんのところに、自分の身につけているアクセサリーを渡すと、聖水で清めてもらえる(あいにく私はアクセサリーをつけていなかったもので)。
さて、同じツアーの日本人観光客K氏は私同様にガイドの言っていることが理解できないため、一人ふらふらと寺院内をさまよっていた。
ふとトイレに行きたくなった彼はせっぱ詰まって目の前にいたお坊さんにトイレの場所を尋ねたらしい。
その坊さんは親切にトイレの場所を教えてくれたらしいが、後でこの読経の場所に聖水を分けてもらいに行くと、
トイレの場所をきいたのが、まさに一番偉い坊さんであり、「君はさっきのトイレの子じゃないか!」なんて言われて
恥ずかしかったらしい。トイレの場所は若い坊主にききましょう。
←坊さんとはいえ、まだまだ若いこは好奇心旺盛であろう。
若い坊主がたむろってなにやら密談中。
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| Ⅴ センスを疑う赤い垂れ幕 |
↑下部の白い壁に垂れ幕が 見にくくてすみません
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大昭寺の二階からバルコルの屋台街を見下ろす展望台がある(ポタラ宮と違ってこっちはただ)。
やはり、ポタラ宮はここからもしっかり見ることができる。本当にラサの中心にあるのだな。
しかしまあ、祭りだかなんだか知らないが、あの赤い垂れ幕はやめてくれ。
ポタラ宮の真ん前に広場を作って、そのど真ん中に中国国旗を立ててしまうのもやり過ぎと思ったが
(ポタラ宮の写真を撮ると必ずど真ん中に中国の国旗が写り込む)、
この真っ赤な垂れ幕はなによ。
私は初日の夕方に写真を撮っておいたからまだよかったけど、
運悪くこの日に来てしまった人たちのカメラに収まったポタラ宮は、赤い布に白地ででかでかと
中国万歳みたくかかれた垂れ幕が写っているはずだ。
ラサに来た人は、中国よりもチベットの文化に浸りに来ているのである。
チベット文化圏が中国なのは判ったから、そういう大げさなアピール行為はやめてください。
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