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  [概要: デリーのムスリム一家にお邪魔しました。]

 第17話 何故かホームステイ [デリー]

 ひんやりとしたコンクリートの床にカーペットをひいてあるだけ、そんな簡素な寝床で目を覚ました。
 辺りで朝の支度をしている音が聞こえる。Sちゃんはまだ夢の中らしく、隣で横たわる彼女はぴくりとも動かない(死んでいるわけではない)

 今日この朝は、コロンボで迎えるはずだった。しかし、まだデリーにいた。実はここはナジールの家だ。

 仕事に行く準備をしている弟、朝御飯の支度をしている妹。インドでも朝はやはりあわただしいようだ。

 昨日は、宝石店の店先でじーっとナジールの帰りを待っていた。

 夕方、4時頃だったろうか。店に戻ったナジールの表情はなんだか険しかった。

「今日は$.100を出しても99%無理」

「2日後なら確実に飛べる。打つ手はすべてうったへどだめだったよ」

 我々はすっかりふさぎ込んでしまった。

 そんな我々を見たナジールはこう提案してきた。

「デリーを発つ日まで一晩Rs.50で泊めてやる」
「デリーは物価が高いからホテルも食事もお金がかかって大変だし、うちはお母さん、妹、弟と家族で住んでいるから安心だ。近くにはマーケットもあるし、空港にも近いから便利だし、いうことないぞ!」

 悩んだがこの際、彼の好意に甘えることにした。インドの庶民のお宅も拝見したかったという好奇心が勝った(笑)

 ナジールの家は鉄筋のアパートの屋上のペントハウスだ。
 部屋が2つと台所、そしてトイレとシャワーがあるだけ。部屋には必要なもの以外、いっさい置いてない。家族が着る服、毛布などが部屋の隅の一畳ほどのスペースに積み重ねてあった。

 そんなシンプルな部屋の隅にあった弦の切れたギターと小さなカセットデッキには違和感をおぼえた。
 そのふたつだけが高級品というか、贅沢品なので妙に浮いている。

 壁には一枚のポスターが貼ってある。何かの建物の前に一人の男の人が立っている絵である。このポスターはメッカの方向に貼ってあり、どうもアッラーの神のようである(偶像崇拝禁止だが・・・だからムハンマドかもしんない)

【左から私、グラム、ルビナ、ナジール、お母さん、アフローザ】
ドゥヌー家
 ナジールの家族(姓はドゥヌーという)は、お母さん、妹のルビナとアフローザ、そして三人の弟グラム、シャキール、バルマの7人だ。ナジールは長男で、一家の主でもあるらしい。

 ナジール、グラム、シャキールは英語をしゃべれるが、他の家族はヒンドゥー語しかしゃべれない。また、バルマは傷害を抱えていてどんな言葉もしゃべることが出来なかった。
 我々はナジールに英語は重要だから勉強した方がいいと何度か忠告されてしまった。
ごもっともです(よっぽどヘタだと思ったんでしょう・・・)

 インドでは女性の社会進出というのはまだまだ難しいようで、女達は一日中家にいることが多い(制度の上と言うより、本人達に働く気がないだけだとも言える)

 この家の男は観光客相手の商売をしているだけに英語が達者で、さらに日本語をも勉強していた。時々片言の日本語で話しかけてくる。
 いきなり日本語ばりばりで話しかけられたらそれはそれで怪しさ満点だが、ただ、警戒している人ほど一度信用を勝ち取れば簡単なもの。そこまで日本語を使いこなせるようになるにはまだまだのレベルだけどね。
 
 結局、昨日はナジールの店、今日ははナジール宅でほぼ一日中待機して過ごした。
 途中、妹たちにマーケットに連れ出され、髪飾りだのなんだのをねだられたが、すいませんがお金ないんすよ、あたしたち。

お祈り きっと彼女たちは兄貴に「マーケットでも案内してやって。何か買ってもらえよ」みたいなことを言われたんだろう。
 ごめん。興味を持つところが全然違うんだなぁ。

 マーケットは窮屈だったが、その他はバルマと一緒に踊ったり、アッラーの神へのお祈りを教えてもらったりなかなか楽しい一日となった。

 夕方になりナジールが帰宅。一日中ねばり、やっとの事で我々のチケットが手配できたそうだ。
 約束と違って明日のチケットも結局追加で100$と言われてしまい、少々納得いかないが、でも、とりあえずいい経験ができたので自分の中では納得します。

 見ず知らずの我々のために…ありがとう。

(要は最初からあきらめて自分たちで2日後のチケットに変更してればすぐに手に入ったのに、チケット入手で粘ってるうちに、2日後のチケットの「72時間前」も過ぎてしまい、結果、2日後のチケットもなくなっちゃったのよね~・・・)

シュリナーガルのムスリムのドゥヌー家のこと
 飛行機が飛び立つ日までお世話になったドゥヌー家。  このデリーの家は仮住まい。この一家は、シュリナーガルでボートハウスを営んでいる。

 シュリナーガルは、インドの北西、ヒマラヤ山脈の麓の地方で、当然、冬の寒さは厳しい。そして、そんな季節に客などやってこない。だから、冬の間はシュリナーガルの特産品をデリーの店で売る。

 逆に、デリーの酷暑の4、5月やモンスーンの影響で蒸し暑い夏の間、シュリナーガルに本拠地を移してのんびりするという生活を送っているそうだ。
 だからデリーの家はシンプルで、必要最低限の家財道具以外はシュリナーガルにあるのだろう。

 そういえば、ボスの店の上にはシュリナーガルのシルクの店があった。あの建物の店の人はみんなシュリナーガルとデリーを行き来してる人達が経営しているみたいだ。

 本などを読めば書いてあると思うが、シュリナーガルはイスラム教徒である民衆とヒンズー教徒である警察(政府って言う方がいいのかな)との抗争が、インドパキスタン独立の直後から続いている。この一家も当然ながらイスラム教徒だった。

 我々を助けてくれたのは、半分は親切で、半分は下心である。イヤ、大半が下心かもしれない。
 その理由の一つは、やっぱり妹たちが「何か買ってもらえる」と期待を寄せたこと。
 そして、「学校を卒業したら店の品物を日本で売ってくれないか?」と頼まれたこと。

 この時、あたしらは学生だったので商売のことなどさっぱり。

「だから、君らが学校を卒業してからだよ~!10%の利益を君らにやる!!」
 
 それって割がいいのか悪いのかもわからん。
 商売するのにリコンファームできなくておたおたしてる様な学生を選んでどうする!!
 (だまそうとしているなら話は別。ベストチョイスだ)

 そして、インドの多くの男性と同じように日本人と結婚したがっている。
「日本人が好き!」というより、2人目(またはそれ以上)の奥さんを日本人を入れとけば何かと便利だからという方が正しいと思う。
 ムスリムは4人まで奥さんを持てるから間違ったことではないし、実際にナジールの二人目の奥さんは日本人だそうだ。
 
 今回のことはある程度の見返りを期待した親切だったのも間違いないが、チャンスをものしたいという商売の意味でもあり、日本人との民族性が違うことだったりしただけで、彼らが悪人という訳ではなかった(中には根っからの悪人もいるので、ある意味、この軽率な行動はラッキーだったと言える)。

 実際、ドゥヌー家の人たちは、一生懸命我々を楽しませてくれようとした。
 アルバムやカセットを出してはそれにまつわる話をえんえんとしてくれる。
 
 「シュリナーガルはこういうところだ。綺麗だろう」
 「あなた達だけじゃなくて、日本人は何人かうちに来てるよ。ほら写真。」
 「ギター、壊れているけど、弾けるよ?聞く?」

 我々がカメラを持っていることが知れると、ルビナとアフローザのファッションショーが始まってしまい、家中の服をとっかえひっかえ大撮影会になったのは参ったけどね(笑)

タグ:インド|デリー|ホームステイ

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