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  [概要: 確実に自分の世界が広がったダライラマの説法体験]

 第15話 幸せのオーラで世界が平和になるのだ(キー)

坊さん 【経本を配るお坊さん】
スピーチの合間にみんなで読経をする場面があった。
チベット語で書かれた経本を配っているのだが、 私にはくれなかった。
ちょっと見てみたかったな。(読めないけど)

 ダライラマ法王は、どっしりと玉座に腰掛けた。 そして、一呼吸おいたところで、しーんと静まり返った会場に向かって口を開く。 会場の人々に向かって質問を投げかけているようだ。

 その質問に対し、周りにいるほとんど大多数の人々が手を挙げると、「なんだかわからないけど、私も挙げちゃお」と同じように手を挙げるKさん。
 それを見て、慌てて周りにいたチベット人がKさんを制する。

「チベット語がわかる人?って聞いてるんだよ」

 どうやら、これからスピーチのためにアンケートを採っていたらしい。

 スピーチは、ある程度チベット語で話した後に、ヒンディー語に訳すというカタチで行われることとなり(まあ、最初からそのつもりだったのでしょうが)、それは実質スピーチの時間が二倍に延びると言うことであって、どっちの言葉も解さない私にとっては余計なお世話である。

 Nさんの隣には、避暑地として有名なシムラという町からやって来たチベタンの母娘が座っていた。 彼女たちは春から秋の間はシムラの町で商売をしながら暮らし、冬になるとジャイプールまでセーターを売りに出稼ぎに出るという(インドは暑いというイメージだが、実は冬の北インドはかなり寒い)

 彼女たちはきっと、ジャイプールでは必要にかられて別の言語をしゃべっているハズだ。 それが、英語かヒンディーかラジャスターニーかはわからない。 それにシムラでの生活もチベット語だけでは成り立たないだろう。

 いろんなケースを想像してみれば、ヒンディー語しか喋れないチベタンがここにいることは充分ありえるわけで、 一応、ここはインドだから、インド人の中に説法を聞きに来てるひとがいるかもしれないし(ヒンディー語から仏教に改宗する人のことは聞いたことあるけど、チベット仏教も含まれるのだろうか?)、この会場でチベット語に続くマジョリティーはきっとヒンディー語だろう。

 ん?でも英語の様な気もすんなぁ?

 それにしても、私はあそこで手を挙げてしまうKさんのそのノリが好きだ。

 ダライラマ(面倒なのでここから呼び捨てにさせて貰う)。 一昨日ちらっと姿を見かけたときも思ったことだが、彼からは威圧感の様なモノがいっさい感じられない。
 ここに集まってきている人々の家には彼の写真が飾られていることだろう。 彼らにとってみれば、神様と同じひとなのだろう。 初めて彼を見る人は緊張のあまりにがちがちに固まっていてもおかしくはない。
 私も変に緊張している。 今日は特別な儀式の日だから、ダライラマもきりっとまじめにとってもありがたい話をするのだろうな。 民衆もありがたやーーとその話に耳を傾けるのだろうな。

 でも、目の前に座っているダライラマは想像とは違うのである。
 いきなりにこーっと笑みを浮かべ集まった人々に気さくに語りかける。人々からもたまにどっと笑いがもれる。 きっと緊張で凝り固まっている民衆の気持ちを解きほぐしたんだなぁ。ユーモアのセンスもあるらしい。

 ある程度チベット語での説法をすると、彼の言葉がヒンディー語で訳される。その間、彼はとても手持ちぶさたらしく、まるで音楽にのっているかのように体を左右に揺らしていたり、周りに座っている僧にあれこれ話しかけたりと、とにかくじっと止まっていることがない。ダライラマ落ち着きなさすぎ!

 ああ、こんな事言ってはいけないのだけど、でもでも彼が高僧であることを忘れてしまった。これじゃ、近所のおっさんみたいだ。説法の内容がわからないだけにそういう発想しか出てこない・・・。

 ひとしきりスピーチが終わると、今度は会場全体での読経が始まった。
 スピーカーから流れてくるダライラマの太くて低い声に合わせて人々も念仏を唱える。それができない外国人は手を合わせ、目を閉じ、そのお経に耳を傾けている。不思議な一体感。会場全体からわき上がる声の渦に身を任せていると、ふうっとどこかに飛んでいってしまいそうだ。

 と、ここまでは聖域に身を置いている様な感覚ですましていたのだが、私のそんな気分は1時間と持たなかった。
 考えてみると、キーに来てからの三日間、こんなに長い間日に当たることはなかった。 夜がものすごく冷え込むから忘れていたが、ヒマラヤ山脈は世界最高峰な訳で、当たり前だが太陽がものすごい近い!日差しがとてつもなく強烈なのである。

 余りの暑さに頭の中がくらくらしてきて、差し迫った己の欲望でいっぱい。

「ああ、日陰に入りたいなぁ。座り続けで、お尻が痛いなぁ。そういえば、昼御飯食べてないなぁ」

 この状況では決して口には出せないようなことばかり考え始めた。
 結局、自分もキャメルサファリの兄ちゃんとあまり変わらないのだが、それを認めたくなくって、KさんにもNさんにも本音を言わず、ただじっと黙って座っていた。

「ダライラマのスピーチって1時間くらいかな?」
「え、そんな短くないでしょ。たったの1時間じゃ、わざわざ集まってきた民衆が怒るよ」

 始まる前に言われた言葉が頭の中をぐるぐる回っている。

 二時間後、スピーカーから流れるダライラマの声が途切れると、会場内にほっとするような空気が流れる。 「あれ?終わり?」と思ったのだが、休憩時間ということだ。

 さっきから気づいてはいたが、この炎天下のスピーチに耐えていたのはチベタンも同じだった。
 周りのチベタンも真夏の朝礼で校長先生の長い話を延々と聞かされている児童の様で、落ち着きなくきょろきょろしたり、周りの人とおしゃべりをしたり、暑さのあまりに足を投げ出したりしてだらけた格好をしたり、あからさまにスピーチに飽きているとわかる人が何人も目に付いた。どんなにダライラマを尊敬していようとも、耐えられないものは耐えられないらしい。

 そして、そんな人たちを見ても誰も注意はしない。会場内で子供が走り回ろうといっさいお構いなしなのだ。
席に着くダライラマ
彼の一挙手一投足に注目する

のりのりダライラマ
のりのり、ダライラマ

打ち合わせ?
打ち合わせ?のダライラマ

まじめに読経
読経中のダライラマ

 休憩時間にホッとした我々は、会場の外に出てみることにした。
 会場の外に出てみると、下のレストランや雑貨屋の主人がここぞとばかりに商売道具を持って上がって来ていた。 中でもチャイ屋は大人気で、持ってきたポットの中身はあっという間に売り切れ。残っているのはぬるーい甘ったるいマンゴージュースくらい。これを飲むなら水の方がましだ。

 と、ここで、ライターの謝さんと彼らのガイドを発見。
 私は旅先で取材とか仕事で来た人に逢うと、なんとなくこちらから壁を作ってしまう。 遊びで来ているだけに仕事の邪魔になる気がして無意識に身構えている。

 だから、彼らがこんなところにいたことが意外だった。 本を出すっていうからには、通訳を隣に従え、ダライラマのスピーチを一言でも聞き漏らすまいと会場の中に埋もれていると思っていた。
 そういえば、会場からプレス席にいるカメラマンの丸山さんを見つけたKさんは、 「丸山さん、ちっとも写真も撮る気配ないなぁ。なにやってるんだ?」なんて言っていた。 そして、プレス席というものがあるにも関わらず、そこにカメラをセットする取材陣はあまりいなかった様に思う。

 「そもそもカラチャクラってどういうモノなんですか?」といういかにも素人じみた質問にイヤな顔ひとつせず、謝さんは穏やかな笑顔を浮かべながら答えてくれた。勿論、素人にわかるようにかみ砕いてである。

「カラチャクラはね。もともとたっくさんあるチベット仏教の儀式の中のひとつなんだって。 その儀式の中には過酷で辛いものもあるけど、カラチャクラはどちらかというと楽しい方の儀式なの。 踊りがあったりしてね。 それをお祭りみたいなカタチにして、ダライラマは世界中でやっているんだって。」

「チベットの人々は、この場でダライラマに、神様に会えることがとっても幸せでしょう。 そして外国人観光客は、そんな彼らを見ることや儀式を見せてもらえることが嬉しい。 そんな幸せな気持ちがいっぱいになって、幸せのオーラみたいなものでいっぱいになると、そのエネルギーで 世界中の人々が幸せになって世界が平和につながると。」

「だから、チベット圏だけではなくて、あちこちでこのイベントをやっているんだって。 今は中国との関係が良くないからダメだけど、そのうち日本でもやるかもしれないね」


 日本では中国との関係を気にするあまり、ダライラマに関する報道はかなり慎重に扱われている。 だから、「ダライラマって誰?」と聞きかえす友人も多い。

 しかし、ひとたび彼のことを知ってしまうと、その人間らしさと人間離れした懐の暖かさに とりつかれてしまうひとも多いのではないか。 「興味本位でこの場にやってくるのも悪い事じゃないのだよ」と言ってもらえたことで、 退屈してしまった自分を責められるワケではないと知ったところで、なんだかほっとすると同時に嬉しくなった。

 このカラチャクラを取材すると言うことは、ただ写真を撮って、ダライラマの言うことを正確に伝えることに意味があるわけではないっていうことかも。

 ここに集まるチベタンのこと、周辺のゴンパのこと、ダライラマのこと。

「彼らが大好きで、自分ができる範囲で何かできたらなって思って。」

 当たり前の様に語る謝さんの目尻に現れるしわが、彼の人柄の良さをさらに増長している。 ああ、この人はどんな文章を書くのだろう。彼らの作ろうとしている本はどんな本なのだろう。

 他国に亡命しているチベット人が故郷に帰り、チベット人として生きて行く日が戻るといいですね。 ダライラマ法王が心に描いている平和な世界が早く訪れるといいですね。

 今、スピティに来れて本当に良かった。確実に自分の心が感情が移り変わり、広がって行くのを感じた1日でした。

- インド旅行記:インドの山の奥深く(ラダックはずれてスピティへ) 目次 -
プロローグ
第1話 けだるい彼との出会い
第2話 シヴァの祭りでメインバザールに行けない旅人
第3話 国民的スポーツはクリケットとカバディ
第4話 私もまだまだひよっこだな・・・。
 →【写真】オールドデリーの観光名所
第5話 マナリについたら雨だった・・・がーん
 →【余談】本当にでたインドの痴漢!ねぱり
第6話 断崖絶壁?を行く
 →【写真】インドの山道 (マナリ-サルチュ編)
第7話 自己主張もほどほどに
第8話 旅は道連れ。心は弾む。
 →【余談】インドのお札は日本製?!
第9話 そんなクリスに首ったけ
 →【写真】インドの山道 (マナリ-キー編)
第10話 風呂ナシ、飯ナシ、恥もナシ
 →【写真】カラチャクラフェスティバルのテント村
第11話 砂曼陀羅の儀式に法王現る。
第12話 ラルン、ダンカール、タボのゴンパ巡り(1)
 →【写真】ダンカールの写真館
第13話 ラルン、ダンカール、タボのゴンパ巡り(2)
第14話 ダライラマ法王見参!

第15話 幸せのオーラで世界が平和になるのだ
第16話 テント村の大道芸人
第17話 そして再び1人旅
第18話 英国調。なのに気分は温泉地
 →【余談】さらにインドの痴漢の話。今度はインド人
第19話 じじいのナンパに逃げまどうあたし
第20話 もーー、家族連れでも油断できないのか?
第21話 わんだふるアムリトサル!(その1)
 →【写真】スィクの聖地 黄金寺院
第22話 わんだふるアムリトサル!(その2)
 → 【写真】アムリトサルのローカル
第23話 何となくつなぎで寄ったデリーの1日
第24話 くりしゅなー・プレイス(その1)
第25話 くりしゅなー・プレイス(その2)
 →【写真】マトゥラーあれこれ
 →【余談】初めてインドでヒンディ映画を見た話
第26話 ナメてんのかぁ~!エアインディア!(1)
 →【写真】デリーの写真をちょこっとだけ
第27話 ナメてんのかぁ~!エアインディア!(2)
第28話 ナメてんのかぁ~!エアインディア!(3)
エピローグ

タグ:インド|カラチャクラ|キーゴンパ|ダライラマ|チベット仏教

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