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インド(スピティ編) > 第23話 何となくつなぎで寄ったデリーの1日(アムリトサル-デリー) [概要: 出発地のデリーに戻って今度はマトゥラーへ!!] 第23話 何となくつなぎで寄ったデリーの1日(アムリトサル-デリー)
朝の6時にグルラムダスサライを後にした。最後の晩に同室だった白人のお兄さんは朝の4時にチェックアウト。だからこの時、部屋の中は私1人だった。 このお兄さんはチャリダーなのだが、デリーで友達と待ち合わせてるからバスで戻るそうだ。バスだったら自転車を積めるってことみたい。なるほど。 この巡礼宿には彼だけでなく、バイクや自転車でインドを回っている旅行者がたくさん宿泊していた。 白人のおねーさんがインドの代表的なバイクエンフィールドを操っているのが妙にかっこよかった。でも、インドでバイクって勇気あるよなぁ。わたしは事故った後が怖いよ。 ちなみに「友達ってきっと彼女だろう?」と思っていたら、案の定メインバザールで見かけたお兄さんはやはり女性と一緒だった。やっぱりな~。 デリーとアムリトサルの距離はとても中途半端である。アムリトサルを早朝に出る列車がデリーに着くのは3時過ぎ。それ以外は出発が昼で到着は夜中。終着のニューデリー駅からパハールガンジはすぐなのだが、やっぱり早起きは辛くても早朝発の電車を選んだ。 距離がそれほど遠くもない事もあって、大都市間を結ぶデラックス電車Shatabdi Expressに乗ろうかと思った。シャタブディは全席1等座席でしかも食事付き。1度くらい贅沢してもいいかなと思ったのもつかの間、料金表をみて速攻やめた。710ルピーもする。うわーー、何倍取る気だ? そこで、ちょっぴりだけの贅沢・・・と二等車をやめて通常の特急のチェアカーに乗ってみることにした。これはエアコン車でリクライニング式のイス席の車両である。 イスの座り心地はバスのシートと大差ないけど、もっと前後に余裕があって、席も立てるし、なんといってもエアコン付き。 ただし、窓ガラスにスモークが張ってあるので外の景色は楽しめない。 値段は二等の約2倍。予約手数料も25ルピーと二等よりも5ルピー高かった。 列車に乗ってみると、周りの乗客もちょっとハイソな感じ。 身なりも上品だし、都会に増えてきたというショートヘアのご婦人もいる。 そして、会話を聞いているとみんながみんな英語で話をしている。 おお、飛行機だけじゃなくて、列車の高い席も共通語は英語になるのかぁ。 私の隣の席はぱりっとしたシャツにネクタイという姿が七五三の様な、睫毛ばっさばさの美少年(美青年?)だった。 こいつが見かけによらずおしゃべりでマイッタ。 だって、難しい英語ばかり使うんだもん。よくわからん。 熟語でしゃべるなー! 話し相手が欲しいのなら簡単な単語でしゃべってくれ。 「7時間も列車に乗るだろ?2時間寝て、新聞読んで、それでも時間が余っちゃって困っちゃうよ(笑)」 列車が駅で停車すると外に出て煙草を吸う(また、煙草が不良少年みたいで似合わない)。しばらく圏外だった携帯電話もデリーに近づいてくると使えるようになったらしく、これ見よがしに電話をがんがんかけている。 何でもアムリトサルにはビジネスで来ていたらしい。コンピュータープログラマーなのだった。(また!) 「僕はデリーに住んでるんだ。デリーの事で聞きたい事があったら何でも聞いてよ!」 そういわれても特に聞きたいことないし・・・。 私があまり英語得意じゃないって言ってるのに、ひたすらデリーまでしゃべり続けるおにーちゃんであった。 おじさんなんかだと日本人が英語下手だってわかってるから、ゆっくりと簡単な英語でしゃべってくれるんだけどね。 7時間はものすごい苦痛でした(^^;; デリーに到着し、宿に荷物を降ろすと、早速外国人用の切符予約窓口に向かった。 今度の目的地はマトゥラー。デリーとアグラを結ぶ直線上にある小さな町だ。 「私、マトゥラーに行きたいのよ。聖地って言われる場所が異常に好きなの」 マナリからスピティまで共に旅したKさんの台詞である。 マトゥラーはヒンズー教の7聖都のひとつ。クリシュナ神の生誕の地。デリーとアグラを結ぶ線路上に位置する。距離にしてデリーから200㎞も離れておらず、時間の余った旅人がちょこっと行くのにちょうど良い町だ。 「君は何処まで行くんだい?」 私の後ろに並んでいた髭もじゃ白人が言った。 「マトゥラー」 「オぉー、クリシュナー・プレイス」(←意外と有名) ちょっと云っちゃっている様に目が泳いでいた気がするのは気のせいか? 切符の手配を終えた私はチョーメンでも喰うかと、メインバザールの有名中華食堂、GOLDEN CAFEに行った。 ちょうど夕食時だった店内は混雑しており、仕方なく外の席で1人わびしくチョーメンをすする。 「ああああああ!」 突然、背後から声が挙がった。 びっくりして振り返るとそこには1人の女性が私を指さし立ちつくしていた。 レー行きのバスでNさんの隣に座っていたコリアン娘である。 彼女たちは「We Try!」と数人の西洋人と共にレー行きのバスに残った。 しかし、いち早く諦めた我々がマナリで休んでいた時、マナリの旅行者のたまり場で再会していた。 つまりレーには行けなかったという事である。 道路の破損は思ったよりも広範囲だったとのことで、諦めて戻ったらしい。 「バーンは雪が降って綺麗だったわ」 雪???あーあ、行かなくて良かった。行ったらきっと死んでたわ、私。 「結局、あのあとマナリから何処に行ったの?」 「カザに行ったよ」 「えええ?私達も行ったよ!でも、泊まったのはキーのテントだけど」 「私はカザのゲストハウスに泊まったの。庭に張られたとんがったテントのドミトリーでシャワーもなかった。1泊35ルピーで安かったけど(笑)」 それってゲストハウスもキーのテント村も大差なかったってことだ。第一カザに泊まっていたらキーまでバスで出ないとだめだし、結果オーライで、私らの選択の方が良かった気がする。 彼女らはカザに何泊かしただけで戻ったのでダライラマのスピーチは見ていないという。私らと行った時期がずれていたのかな? ジープをチャーターして行ったなどと言うと引いてしまう気がしたので、そのことは黙っておいた。 都会に出てくると暇を持て余す。まだ1日が終わらないので、ゲストハウスのレストランでお茶をすすりながら本を読んでいた。 「相席いいかな?」 声をかけてきたのはイスラエル人の青年。周りに空いている席はないので、「どうぞ」と言うとそのまま本に目を落としたが、時々思い出したように話しかけてくる。しょうがないからそのまま会話に付き合った。 インドでは何処に行った何をしたとお互いに自分の旅の行程をテキトウに話していた。 彼は南インドをぐるっと回った後、リシュケシュに3ヶ月もいたらしい。タブラ(インドの楽器)の修行をしていたそうだ。 「カラチャクラに行ったの?俺の友達もずっと行ってたんだよ。 この間そいつから入ったメールを見ると、盛り上がり過ぎて最終日に2人死んだってはなしだぜ? 子供と年寄りが観衆に押しつぶされたんだって。」 げげ、マジか? 話によるとカラチャクラは10日間くらい続くお祭りで、クライマックスに近づくに連れ徐々に徐々に盛り上がってくるような物らしい。私らは祭りのほんの序章を見ただけで去ったので、「ダライラマステキ♪」と音符やらハートやらが飛び交っている状態で済んでいたというわけだ。 人気アイドルのコンサートで人がドミノ倒しになって押しつぶされる事故ってたまにあるし、あり得ない話でもないなぁ。 もしそれが本当だったらダライラマ法王は悲しかろう。世界の平和を祈ってやっている儀式で死人が出てしまったらたまらない。ガセだといいね。 関係ないが、何処の国でもイスラエル人はあまり評判がよろしくない。兵役の義務がある彼らは終了後に長旅にでて羽目を外す。時には外しすぎる輩もいて、イスラエル人出入り禁止の宿まで存在する。 実は私の泊まった宿はイスラエル人のたまり場のほど近くにあった。だからといってイスラエル人を警戒するつもりもなかったが、「あいつナンパだよ、絶対」と人に言われてびっくりした。 「だって、他に席がないって言ってたよ。確かに混んでたし」 「そんなの関係ないね。他にも相席できる席あったじゃん」 うーん、そうかぁ?この人は私がひっかけられそうなのを見かねて、割り込んで話を終わらせてくれたらしい。 でも、本人気づいてなかったから引っかからなかったと思うけど? 「レー行きのバスですごいワガママ外人がいてさー」と言えば、 「あ、それ絶対イスラエリ!」と言い張る。 「マナリでバスの席が悪いって旅行会社に怒鳴り込んでる女がいて・・・」 「それも絶対イスラエリだ!」 此奴に言わせるとイヤな外人は全員イスラエル人である。 ケチでわがままでうるさくって悪いことばかりするんだそうである。 なんだか、単なる旅好きイスラエル人は気の毒(^^;;
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