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インドとフンザ編 > 第8話 旅、此即ち学習(ギルギット) [概要: ケイコさんの宿。ツーリストコテージでいろいろ考えた。] 第8話 旅、此即ち学習(ギルギット)
ギルギットでは、日本人女性ケイコさんが経営するツーリストコテージという日本人宿に落ち着いた。 日本語が通じるので、不完全だった事前の情報収集を補うことができることに加え、食事がうまいことでも評判だからである。 日本人宿というのは、要するに、日本人の旅人のたまり場になっている宿のこと。 別に日本人じゃなければ泊まれないというわけではないが、宿のオーナーが日本語が堪能だったり、そもそも日本人だったりすることも多く、必然的に日本人ばかりが集まる。 日本人が集まる日本人宿の他、韓国人宿、イスラエル人宿などもあるが、他の国籍の人がたまり場にする宿については聞いたことがない。 結局、英語でのコミュニケーションが苦にならない人にとっては、そんな場所は必要ないってことか。 ※ イスラエル人に関しては別の意味もある気がするが、ここでは触れない。 ここの宿もたぶんに漏れず、日本人宿にありがちな独特な雰囲気を醸し出していた。 まず、単なる形式の問題としては、入り口で靴を脱いでから宿にあがらなければならないこと。 タイあたりでは、入り口で靴を脱ぐ宿も結構あるが、インドやパキスタンでこういう形の宿は珍しい。普通は、西洋式の「ホテル」の形式に近く、タイル張りやコンクリートむき出しの床に土足のままはいるゲストハウスが多いからだ。 次に、客室はドミトリーを主体に形成されているので、ロビーなどの共通スペースに人がたまっていること。 だまって文庫本を読む者、ぼーっと物思いにふける者、壁に貼ってあるパキスタンの地図や観光ガイドマップをにらみつけてぶつぶつ独り言をいう者。談笑する者。 テーブルの上には、コーラの瓶や水の入ったペットボトル、チャイカップなどが散乱していて、乱雑な雰囲気。自分の家のようにくつろいでいるとも言えるが、来たばかりの旅人にとっては、なんとなくよそ者の気分で入りづらい。 そして、日本人宿で最も独特だと感じるところは、宿の経営者が客を信用している場合が多いこと。 「水とか、コーラとかがいるときは、そこの冷蔵庫を開けて、適当に持っていってね。食事をするときも、ここにメニューがあるから、その辺の従業員に頼んでください。で、このノートに名前と、飲んだり食べたりしたものを書いておいて。チェックアウトの時に一緒に精算しますから」 この様に、宿の細々な支払いに対して、完全な自己申告制を取っている宿が珍しくないのだ。 こんなの、ごまかそうと思えばいくらでもごまかせる。 客は毎日入れ替わるし、毎日在庫のチェックをしている訳でもないし、ましてや従業員全員がすべての客の名前と顔を覚えていることなんて不可能である。 このような形式を取っている宿は、このツーリストコテージに限らず、いくつか見てきた。 「インターネットを使いたい方は、この貯金箱に30分につきHK$5を入れてください。」 と、パソコンの横に貯金箱が普通においてあったりするのだ(しかも、中身が簡単に取り出せ、且つスケルトン)。 貯金箱ごと盗まれるとか、全く考えてない。 「インドだったら、まず従業員に盗まれることを心配するよなぁ」 なんて、貯金箱に貯まった小銭を見ながらしみじみしたのを憶えている。 日本を知らない外国人には、「そんなの今の日本人が裕福だからだ!」とかなんとか言われるだろうが、例えば、それほど裕福でなかった昔でも、その辺のあぜ道に、野菜の無人販売なんて普通にあった。 (もっと昔、それこそ終戦直後などはわかりませんが) 今は、その数も減ったけど、すこし田舎に入れば、「野菜が欲しい人はお金を入れてください」なんて、段ボール紙にマジックで書かれた手作りの看板を掲げた簡易屋台にジャガイモとかにんじんが並んでいたりする。 私は、こういう日本人の信頼からなりたっているような人間関係は悪くないよな~って思う。 上手く言えないけど、閉鎖的な国だっただけに生まれた民族性なのかなと。(←簡単に終わるな)
昔の日本のように、ほとんど鎖国状態の政策をとっているブータンでも、同じような経験をしたりするそうだ。 とある旅人が、とある町でホテルに落ち着き、窓を開け放した。すると、突然、風が吹き荒れ、テーブルの上に置いてあったお金がふわふわ~と外に飛んで行ってしまったのだそうだ。 お金である。それもUSドルである。 さすがに、彼女も「もう、なくなってるだろうなぁ」とあきらめつつも、外に拾いに出てみると、前方に黒山の人だかりができていた。 その中心にあったのは、・・・彼女のお金である。 「なんだなんだ、この大金は!」「空からひらひら降ってきたぞ」 相当の大金だったらしいが、誰一人として、猫ばばしようとはしなかった。 人々はそこにあるはずのない数枚のドル紙幣を、不思議そうに見つめ、やいのやいのと言い合いをしていたという。 「あの~。これ私のなんです・・・。窓から落としちゃって。」 おそるおそる彼女が進言すると、「なーんだ。そうだったのか」と人々はクモの子を散らすように去っていった。 人の物は人の物。ブータンにはジャイアンはいない。 今の日本人はここまで正直ではないけれど、これに近い感覚を持っている気がする。 旅に出ると、良きにしろ悪しきにしろ、日本のことがよく見える。 ま、逆に外国人にはなかなかわからない日本人独特の感覚があるってことを、 ガツンと思い知らされちゃたりすることもあるのだが。
つまり何が言いたいかというと、地上では大量の水を使って、100度のお湯で10分程、茹でてから食べているスパゲティも、こんな高地ではへたすると50度くらいのお湯で通常よりも長時間茹でられている。(標高が1000m高くなるにつれて気圧は約100hPaずつ低下。富士山の山頂(3776m)では約638hPaで水の沸点も約63℃くらいだそうだ) なんか麺がブニブニで、それなのに芯が残る感じに茹で上がって、スパゲティのくせにうどんみたいな感じで、まずいんだよね~。高地だと、圧力釜を使うくらいがちょうどいいのかもしれないなぁ。 やっぱり、旅は理科の学習にも役立つ。ハイ。 ※ どこにリンクを入れていいのかわかんなくなったので、ギルギットの町の様子はここから飛びます。
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