旅ナビ[たびnavi.] -旅のノウハウや海外旅行情報、旅行記や祭りレポートなど、海外が身近に感じる体験談サイト。 |
サイトコンセプト|リンクについて|サイトマップ |
![]() |
|
|
たびnavi.のTOP >
フィジー(島巡り編) > 第10話 スバのドミトリーでのいろいろ (スバ) [概要:宿泊費がかさむ首都ではドミトリー泊。アジアとはちょっと雰囲気が違った。] 第10話 スバのドミトリーでのいろいろ (スバ)ナナヌイラで二泊した私は、クリスティことKさんと一緒に島をでることにした。ナナヌイラは悪くはないけど、よくもない島で、二日いれば充分かなっていう気がしたのだ。風がごーごー強すぎてのんびりできないんですもん。行きと同様、コンティキの送迎ボートに乗りビジレブ島に戻ると、客待ちをしていたタクシーでラキラキの町へ。 タクシー代は、ボートに同乗していたカップルと4人で頭割りした。 1台10ドル。ってことは、1人2.5ドル。つまり、行きのタクシーぼってなかったんだなぁ。ちょっと悪いことしたかも。
しかし、そのドミトリーがすごく清潔で、お湯はふんだんにでるし、おまけに簡単なキッチンもついていて、住み着いている人までいる。人生に疲れた風のさまよえる西洋人じいさんや出稼ぎ労働者らしきフィジアンがそれだ。 欧米や日本のユースホステルの感覚で訪れる旅行者、カプセルホテルの様な感覚で一時的な宿泊所にするローカルのおじさん。そして、何をするでもなく、ただそこで生活している西洋人の老人。 一泊F$9のその部屋は、アジアの安宿で見かける沈没者とはまた違った人種のたまり場になっていた。 さて、その少し違う人種のたまり場になっていたドミですが、旅行者の中にも我々と少し違った感覚の人がいた。オーストラリアからやってきたSくんがそれ。私は普通に旅先で会った旅人の1人として、彼と話をしていた。 いつオーストラリアから出てきて、フィジーにはどれくらいいて、どこを回る。そう言った旅人のたわいない話だ。 話しているうちに、実は彼はオーストラリア人だが、インド人とドイツ人のハーフだということがわかった。 もともとインド国籍を持っていた彼は、すごくまじめな勉強家で国費でオーストラリアに留学、そのままオーストラリアで就職。そして、オーストラリアに帰化したとこういう訳。つまりはほとんどインド人である。 彼は、1ヶ月のクリスマス休暇を利用してフィジーにやってきたそうだが、旅慣れていない上に、人慣れていなかった。 そこでたまたま出会ったのが日本人旅行者の私で、しかも私はインドに何回も行ったことがあり、割と興味を持っている。今回の旅行ではイギリス植民地時代に流れてきたインド人がどんな生活をしているのかとか、やっぱりインド映画は本国と同じくらいにタイムリーにやっているのかとか、はたまた知人に頼まれたインド人アーティストのCDを探していたりとか、思えば、普通のフィジー旅行者とは少し違ったのかもしれない。 私は、「たまたま知り合ったのがインド系の人とは奇遇だな」と思っていただけだが、いつの間にか彼の方は暴走していた。
大学で物理を専攻していて、哲学に興味があって、学生時代は勉強ばかりで女っ気一つ無い上に、インドに住んでいた両親は亡くなり、オーストラリアには友達がおらず、毎日9時から15時まで仕事場で子供の相手をするだけ(実は小学校の先生)。そして、デートの誘いは断られまくりなんだそうだ。 ごめん。断る気持ち、ちょっとだけわかった。だって、哲学をしかも英語で語られてもわかんないのである。日本語でもわからないのだから英語はちょっと・・・。 翌日、自分で探そうと思っていた友人のCDを私が寝ている間に探し出してきてプレゼントされたり、マクドナルドで朝食をテイクアウトしてきてくれたり、すこしだけ困ってしまった。 私は店員とわいわい会話しながら、自分でCDを探しだしたかった。 朝食にマクドナルドをチョイスするつもりはなかった。 たぶんこの人は空気を読むのが下手なんだなぁ。そのあたりはやっぱりインド系の人っぽい気がする。十派一からげに語ってはいけないが、インドの人は自分の意見を「正しい」と人に押し付けるところが多々あるからだ。 きっぱりとはっきりと、自分の意志を伝えられない私も悪いが、まあ、もう会うこともないでしょう。 こういうときはちょっと男でいたかったと思う。 では、スバをうろついた様子はこちらからどうぞ。
|
| ©1997-2011 tabi-navi All rights reserved. |