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タイからカンボジアへ > 第11話 プノンペン市内巡り(バイタク編)(プノンペン) [概要:プノンペン観光をつらつらとレポート(とりとめなくてスイマセン)] 第11話 プノンペン市内巡り(バイタク編)(プノンペン)
昨日、シェムリアップからのスピードボートを下船した後、市内までの交通手段にバイクタクシーを利用した。 そのタクシーのお兄さんがしきりに「市内観光に行こう!」の粘りに根負けし、1日$5で雇うことにした。 アンコールワット遺跡観光よりもプノンペンの市内観光の方が、ちょこちょことバイクを走らせるため、1日あたりの走行距離は長くなるのだが、プノンペン市内の方が相場が安い。そして、観光地ではないので、ドライバーもあまりふっかけて来ないようで、値切ればあっさりそれに応じた。 事前に調べた情報などでは観光地のシェムリアップで4ドルや5ドルだったので、やはり徐々に物価がつり上がっているような気がした。 約束の朝の8時。寝ぼけ眼でホテルを出ると、バイクに跨ったままで待っているドライバーの姿。そんなに張り切らないでくれ・・・。ねむいっ。 この旅を通してずっと感じていたことだが、カンボジアの人はまじめで働きモノという印象だ。 こうやって時間通りにきちんとやってくるし(まあ、遅刻野郎もいたが)、値段交渉で金額を決めると後になって「もっとくれ」とか値段をつり上げるようなことをしない(←どうもインドの影響受けすぎ)。 一番楽だったのは、客である私の意志をきちんと尊重してくれることだ。 「ここに行きたい、あそこに行きたい」 という道に不案内など素人の言うことも、いちいち口を出さずに忠実に守ってくれるのが気楽だった。 「そうじゃなくてこういうルートで回る方が効率がいい」とか、「ここがおもしろいから絶対行くべきだ」とかドライバーの主観で勧められるのはうっとおしいじゃないですか。効率悪かろうと、自分が回りたい順番ってあったりするんですよ。旅の場合は。 観光コースを順番に回りたい時はツアー利用しますからねぇ。 これまでベトナム人は勤勉で働き者だと耳にしていたのだが、お隣のカンボジアの人ある程度似た感じを持った。 カンボジアのことなどほとんど知らずに旅していたがものすごく好感度がアップした。 そしてそれはこのドライバーにしても例外ではなく、1日、好きなように過ごせてとても充実していた。って最初に書くのも変だけど(笑) さて、観光に回ったコースを順繰りに紹介していきます。 まず最初に、プノンペン市内郊外にあるキリングフィールドへ。 施設の名称を読んだだけで察する方も多いと思いますが、ここはポル・ポト派が罪のない人々を大量虐殺した場所。 処刑された場所が当時のままに残されていて、見物するという行為自体に申し訳なさを感じる。 真ん中にそびえ立つ慰霊塔には、ガラスケースにおびただしい数の頭蓋骨が積み上げられている。その数、8985個。これらは、ここ周辺で惨殺され埋められてた人々のもので、掘り起こして慰霊塔に納められた。 シェムリアプにもここほど大きくはないが、同じ様な慰霊塔があった。 寺の中に納められたその小さな慰霊塔の前にバイクを止めると、ずっとふざけてばかりいたチョウですら被っていた帽子をさっとはずし、表情を堅くしたのがちょっと衝撃だった。 「手を合わせてやってくれ」 彼の目はそう言っていた。彼らも内戦で肉親や友人を亡くしたのかもしれない。 争いが終わった今になってこの国を訪れた私には今、人々が幸せそうに見える。でも、辛かった。そして、今でも悲しい。そのことをわかって欲しかったのだと思う。 バッタンバンへ行ったA氏によるとやっぱり、バッタンバンにも同じような虐殺場跡があったという。 ポルポト派とか、内戦とか。私にとってはニュース映像の一コマにしかすぎなかった出来事が、カンボジアに旅行に来ただけでずかっと心にのしかかった。「戦争を知らない子供たち」とはよく言ったもので、私にとってはこういう現実は人ごとだったのだと思う。映画なんかで非現実の世界を見過ぎた影響もあるんだろうけど。 旅という非現実的な現実世界に来ると、いつもの自分と違ういろんな感情があふれ出す。 開放感がいっぱいで素直に楽しい気持ちだけでなく、こうやって、今まで気づかなかったことに気づいた自分が素直にうれしい。 子供の頃、千鳥ヶ淵につれて行かれるのが面倒でしょうがなかったけど、次は素直について行くかなぁ・・・なんてちょっと心を改めた。 さて、続いてトゥルースレン博物館。 ここは元々高校の校舎だったのだが、ポル・ポト時代は刑務所として使われており、それが当時のままに保存されている。コンセプトは、広島の原爆資料館やポーランドのアウシュヴィッツと同じだろう。過ちを忘れないために、負の遺産をあえて残してあるのだ。 拷問室の鎖、ベッドの足から伸びた鉄の足かせ、血のこびりついた枕。壁には当時の写真か、はたまた絵なのか、鎖につながれた人がベッドに横たえられていた。 壁中に処刑を待つ人々の顔写真が埋め尽くされた部屋、煉瓦で細かく仕切られた狭い独房。処刑や拷問に使われた器具や処刑後の遺体の写真も展示されている。それら1つ1つは、展示のために再現したものではなく、本物である。 さらにあらゆる拷問道具の横に、拷問の様子を再現したイラストは色も鮮明でかなり衝撃的。 しかし、処刑を待つ人々の写真がずらりと貼られた壁に一言「写真にらくがきすんな」って・・・するかーーー!!
ところで、この日、私は自分でバイクタクシーを雇って市内観光をしていたが、T氏は旅行会社の市内観光ツアーを利用していた。 このツアーは先にも登場したプノンペンの有名安宿キャピトルホテル一階にある旅行会社で扱っており、 値段は1日$5(入場料別)。バイクタクシーと同じ値段である。 ただし、さすがに車を使うので4人以上人が集まらないとキャンセルになってしまうし、人数が多くなるから見学の時間も決められてしまうのが残念なところ。でも、少人数のツアーだから、参加者と気が合えばわがままも言えるし楽しいかもしれない。 で、このツアーはちょうど私と逆のルートで見学していたらしく、王宮でT氏とばったり会ってしまった。 西洋人のカップルと3人だったのだが、ツアーを施行してくれたらしい。そして、午後は西洋人カップルがキャンセルしたため、車を貸し切り。ラッキーですねぇ。 そうそう、カンボジアの観光施設は昼休みが長い。例えば、王宮は11:30~14:30まで、国立博物館は11:30~14:00まで。なので、王宮にいる間に11:30を回ってしまたので、残りの見学は午後に回す羽目になった。 個人で観光している場合はこの昼休みの時間を考慮に入れないといけない。そんなわけで、午後3時にドライバーと待ち合わせし、今度は国立博物館へ。アンコールワットのすばらしいレリーフは、アンコールワットではなく、ここにしっかり保管してある。 最近のカンボジアツアーは、バンコク→シェムリアプを結ぶ飛行機が増えたことから、プノンペンによらずにバンコクからシェムリアプに直接行くツアーが多いというが、どうせならこの博物館は見ておきたいところ。 ここでレリーフ1つ1つ、仏像1つ1つをしっかりと目に焼き付けて、シェムリアプでばばん!とそびえ立つ寺院を見上げれば感動もひとしおであろう。
さて、ワット・プノンにいった時点で夕方になってしまい、もうマーケットなどは店じまいの時間になってしまった。 なんだかんだといって一日は短い。しょうがないので、最後はバイクでぐるぐる回れる場所を走り回ることにした。 「じゃあ、チョロイチョンワー(カンボジア-日本友好橋)に行って!」 「おっけー、そこなら知ってる」 トレンサップ川にかかる大きな橋、チョロイチョンワー橋は、一昔前、ポル・ポト派によって爆破されてしまった。それを日本の援助により再建築、その後名前を「カンボジア日本友好橋」と改めた。 でも、そんなこと日本人である私も知らなかったし、現地の人にも浸透していない。試しにドライバーに「フレンドシップブリッジ」とかなんとか聞いてみたが、やっぱり通じなかった。 しかし、この橋壊したらポルポト軍だって、絶対困ったハズだよなぁ。川を渡る手段が船だけになるんだから。 橋を渡ってぐるんと戻って、締めくくりに独立記念塔。ぐるぐると二周回って京の観光ツアーはfinish!一日お疲れさまでした。 なーんかバイクタクシーを使うせいか、1日でびっくりするくらいの数の観光地を回れてしまった。 普段の旅は1日に1カ所いけばいい方なのにな~。(観光地の開館時間の都合で昼寝もできるので疲れないし) とりとめのないレポートですいませんが、こんな風にお過ごしくださいませ。
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