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タイからカンボジアへ > 第14話 謎の女、あきみ(バンコク) [概要:行きは陸路で、帰りは空路でびゅーっとバンコクまで戻りました。] 第14話 謎の女、あきみ(バンコク)プノンペンの空港はとても小さく、ゲートは3つだけ。5メートルくらいの間隔で横に並んでいる。待合室は一般向け、Vipラウンジ各1つずつしかない。 案内に従って飛行機まで歩くと、目の前には小ぶりなプロペラ機があった。タラップは5段。座席は通路を挟んで各列4人分。定員は50名くらいのようだ。この小さな飛行機なのに満席になってないところをみると、観光客はシェムリアップから直接バンコクに飛ぶ方が多い様で、あまりプノンペンには来ないのかもしれない。 小さな飛行機なのでジャンボジェットの様に早くもないし、高度も低かった。おかげで常に地上の景色を見下ろしながらのフライトになった。 プノンペンを離れるとすぐに高層ビルはなくなった。ぽつぽつとあった民家も次第に数が減っていき、そのうちひたすらジャングルが広がった。 そのジャングルを切り分けるように一本、二本と茶色い筋が通る。人や車が通っているウチに自然とできてしまったと思われる道である。 カンボジアのジャングルには未だに多くの地雷が埋まっているため、外国人の入境できる地域は限られている。 いまでも、この真下には今でも地雷が埋まっているのかもしれない。 ただ、少なくともこの道の上だけは安全だ。だから道になったのだ。 TVや新聞で地雷による被害の報道を見る度に「ああ、ヒドイなぁ」なんて思っていたが、でも、正直言ってどこか人ごとだった。でも、こうやって旅行しながらほんの少し、戦争が現実のものとなって近づいてきて、ぐっと心に突き刺さった。 反面、あまりにであった人々が穏やかな笑顔を向ける人たちだったので、輝いて見えたのを思い出す。 バンコクに付いたのはお昼過ぎ。土曜だったのもあり、渋滞もあまりなく午後3時くらいには安宿街カオサン通りに着いた。 バンコク滞在はひたすら土産物探しに終わり、滞りなく終了しようとしていた。 伊勢丹の前にずらーっと張り巡らされたテントには、タイ、中華の軽食や雑貨の店が夜遅くまで営業している。 5月のタイは雨期に入る前の決算大バザールをしている時期のようで、あちこちでイベントをしていた。 中でも中華系の人が開いている肉まん屋さんが大盛況で、ずらーっと長い列が続いており、はっきり言って他の店の営業妨害にもなっている。そんなに美味いのかな?と私も並んでみた。 暇なので終始店員達の様子を見つめていた。 すでに仕込んで来たらしいマントウの生地を1つ分の大きさに切り分けカタチを整える。 そのマントウをふかし、ふかしあがったマントウに具を詰め、さらにまたふかして中まで火が通ると完成。 これに特製のたれを付けたものが(これも例に漏れず、小さなビニールに詰めて輪ゴムでぴっちり止めてある)お客の手にわたる。 1個B.25とかなり高めだが、これが飛ぶように売れていて、ひとり5個とか10個とか買うモノだから、 直径1メートルくらいはある蒸し器を4つも使っているのに、なかなか行列が減らない。 私の目の前で肉まんがなくなった時はさすがにため息が出てしまった。たった一つ試食したいだけなのにっ。くぅ。 そんな感じでバンコクで1日を過ごし、宿に帰ったの時は夜の11時を回っていた。 明日の飛行機は7時発。4時のエアポートバスを頼んであったので、起きるのは朝の3時である。 目覚ましでまともに起きれる自信のない私は、部屋の電気をつけ、扇風機スイッチをは強にする。 さらに、起きたらすぐに空港に向かえるように帰国用のこぎれいなシャツを枕元に準備していた。 これぞうたた寝作戦である。 私は明るいとなかなか寝付けない。 加えて、この宿の扇風機はものすごい勢いで回るのはいいが、うるさいんである。 止めると暑いので、熟睡したいときは耳栓をしなければならないが、こんな時にはうってつけ。 ふっ。我ながら完璧だわ。朝の4時発だろうと余裕だ~! 《エピローグに続く》・・・タイトルはエピローグに引っ張りました(^^;;
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